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〇プロフィール
名前:森涼果
入社年度:2026年
出身:新潟生まれ、東京育ち
出身校:桜美林大学
資格:中学校教諭・高等学校教諭
趣味:推し活
私の兄には障害があり、生まれたときからそれが私の「当たり前の日常」でした。周囲の友達や先生からは、「お兄さんに障害があるなら、そういうことに詳しいね」とも言われてきましたが、いざプロの現場に入ると、専門的な知識が自分にはまだまだ全然足りないという冷徹な現実を突きつけられます。
子どもの気持ちの切り替えがうまくできなかったときや、気持ちを持ち上げられなかったときは、毎日のように自分の無力さに激しい悔しさを感じています。自分の名前をなかなか覚えられない子どもがいると、胸が締め付けられるように悲しくなります。
でもそこで絶対に諦めたくはありません。懲りずに強も「すずか先生だよ!」と、毎日満面の笑顔で子どもに伝えつづけています。
そんな葛藤の日々のなかで、忘れられない瞬間がありました。入社してまだ日が浅いある送迎のときに、保護者様から不意に「子どもから先生のお話聞いています」と声をかけられたのです。
私の名前がしっかりと子どものなかに残り、お家でお父様やお母様にもそのお話が伝わっているのだと分かった瞬間、嬉しかったです。日々の命がけの関わりのなかで、私は大切なことに気づかされました。ただこちらが正しいと思うことを一方的に伝えるのが正しい支援ではないのです。
現場で子どもや上司の姿から学ぶなかで、ただ伝えるのではなく、子ども自身のなかから言葉や想いを引き出すのも仕事のうちなんだと気づき、私は確かに一歩前進することができました。
大学の資料を全て引っ張り出して挑む現場
プロとして確かな支援を行うため、私はクローゼットの奥から、桜美林大学時代の障害学の資料をわざわざ全部引っ張り出してきました。
現場で実際に泥臭く場数を踏みながら、うまくいかなかったことをその日のうちに徹底的に振り返り、次の現場に活かすサイクルを自分に課しています。
現場で生じた疑問や困りごとは絶対に次の日に持ち越しません。その日のうちに先輩職員に聞いて解決することを強く心がけています。
私の周りには、いつでも私の声を正面から受け止めてくれる、心強い仲間たちがいました。先輩たちは、どれほど山積みの業務を抱えていても、私が声をかけると必ずパッと手を止めて、私の目を見て正面から向き合ってくれるのです。
「明日でいい?」と後回しにされたことは、本当に1度もありません。だからこそ、私はいつでも安心して全力で質問をぶつけることができています。
私を支えているのは、2ヶ月間の圧倒的に濃密な新人研修期間です。午前は頭が破裂しそうな座学、午後は体当たりで挑む現場実習。
頭と体を激しく切り替える過酷な毎日でしたが、この苦しくも愛おしい期間があるからこそ、業務への理解はもちろん、同期との絆も深まったと思います。
研修期間中、会社が用意してくれたプロジェクトでの思い出は、私の心に深く刻まれています。
いただいた初任給と、会社からの5000円の補助を利用して、母親にマッサージ器を贈り、一緒にランチへ出かけました。
お母さんへの手紙を書いているとき、これまでのいろいろな思い出が一気に溢れてきて、涙がポロポロと止まらなくなってしまいました。
これまでの不義理を詫びながら、「お母さんありがとう」と、自分の言葉で改めて感謝を伝えられて、本当によかったと思います。
中学生のころから保健体育の教員を本気で目指していた私ですが、会社説明会で運命的な出会いを果たしました。大学の頃から、私の中で「子どものできたを増やす」という言葉を、自分の中でずっと温めていたのですが、オンアンドオンの説明会でも、まったく同じ「子どものできたを増やす」という言葉を語っているではないですか!
その言葉が自分の大切にしていた魂とぴったり当てはまって、「ここしかない!」と運命を感じてその場で入社を決めました。
以前は、一般企業で5年ほど経験を積んでから特別支援学校へ行く人生プランを立てていました。しかし、今の現場が本当に楽しいのです。楽しすぎて、どんどんこの会社に本気で染まってきている自分がいて、気づけば、学校現場に行きたいという気持ちも薄れてきています。そのかわりに芽生えているのが、いつか所長という上のポジションに進みたいという目標です。この会社で活躍する未来が、自分の中で固まりつつあります。
プライベートも絶対に妥協したくないので、年間休日は115日のコースを選択しています。大学時代に比べれば自由な時間は少ないですが、休日に疲れて何もできないなんて日は1日もありません。
友達とのカフェや飲み、家族とのショッピング、そして私の人生の9割の熱量を注いでいる「推し活」のライブへ行くことも全力で楽しんでいます。
社会人になり、自分で自由に使える資金力も圧倒的に増えました。今後は、さらに推し活の幅を広げる予定です。この一切の手加減なしの充実した時間が、日々の過酷な仕事を乗り越える大きな活力になっています。
周囲からの「詳しいんでしょ」という言葉に一人で焦り、震えていた私は、もうここにはいません。大学の資料を片手に、今日も目の前の子どもたちの「できた」を泥臭く引き出すため、私は全力で、自らの足で歩みを進めていきます。




